古いもの新しいもの

 パソコンなんて最先端なものを操りながら言うのもなんなんだが、私は古いものが相当好きだ。人間半世紀以上も生きるとあの頃はああだったこうだったと思いがちだ。その割には身近なものは新しいものに価値があるようなこの風潮、何とかならないものかとよく思う。
 近頃よく聞く言葉は「昭和の香り」だ。ちょっと古いことについてよく使われる。昭和って言ったって戦前戦中戦後と高度成長期では全然違うのに十把一絡げに昭和の香りというのにかなり抵抗を感じる。古き良き時代の香りといってくれればまだ救いようもあるのだが、古くて使い物にならないというニュアンスまで入ってくると辞めてくれる?と言いたくなる。
 ちょっとした小物も百年経つと魂がやどり、妖怪になると書いてあったのは数年前の若者向けのヒット小説だったか。それも舞台が江戸時代と時代が古い。最近私が好きなのは二、三百年から四、五百前の絵や音楽だ。
 見に行くのは印象派の展覧会だったり、聞きに行くのはパイプオルガンのコンサートだったりする。それで車の中もバッハだのワーグナーだのが主になってくる。
 話は変わって毎月ボイストレーニングを受けている。このレッスンもイタリア歌曲で数百年前のオペラだのが課題になる。
 その先生は東京から来るので、新幹線の駅まで送り迎えすることがある。先生を乗せた車の中でのBGMに流す曲も結構気を遣う。発声の問題で聴くならイタリア人の曲を聴いた方がいいらしいのだが、そんなにイタリア人歌手のCDを持っているわけではない。なので歌声なしのものを選ぶ事になる。
 今回はりゅーとぴあのオーガニストのCDを選んだ。バッハが中心だ。先生はパイプオルガンの音色がちょっと意外だったようだ。近頃パイプオルガン好きで、なんて話をしていたら、先生が
「パイプオルガンは今で言うところのシンセサイザーだよね」
とおっしゃった。
 なるほど、と思った。夫はシンセと言うよりエレクトーンではないかと言う。それもまた正しい。確かにどちらもボタン一つで色々な音色を作り出す。オーケストラ並みの演奏もできる。パイプオルガンは数千本あるパイプとたくさんのスイッチで無数のバリエーションがある。使いこなせれば相当多彩な演奏ができる。
 先日聴いた世界一との触れ込みの先生の演奏で、バッハのトッカータとフーガの演奏があった。その先生は先行する部分と追従する部分を違う鍵盤を使っていた。今までそんなやり方の演奏を聴いたことはなかった。それだけで奥行きが出た。それがあのコンサートでの発見だった。今までモノラルで満足していたソノシートからステレオのレコードになった時のような新鮮な感動だった。
 パイプオルガンの起源は古い。二千年前には原型に近いものができ、十七、八世紀には全盛期をむかえている。人間ってすごい、と思った。考えられた仕組みと人の手の技術でこれだけの仕組みを作り上げてきた。新しい技術だけが高度な事を可能にするわけではない。ここ五年から十年ほど、そういうことで学ぶことが多い。
 歴史というものは過去を学ぶことで未来に役立てようという学問だ。大きな物ではピラミッドの作り方や日本の建築の耐震構造、戦争の反省もそうだ。東日本大震災の時の津波も実は先人の警告があった。
 近代の人類は高度な技術の進歩で昔の人たちとは違う進化した人類と思っている節がある。古い優れたものを見ていると、そうでもないんだなとよく思う。むしろ、何でもやってくれる機械のおかげで不器用になっているかもしれない。
 古いものは決して価値がないわけではない。もはや昭和の香りのする古い人になってしまった私は、人間五十代半ばを過ぎて人としての価値が半減したような気持ちになる事がある。何か残ればきっと満足なのだろう。なにか残るか残らないかは何を感じて何を考えるか、そしてどう行動するかだと思う。が、どうしてもただジタバタしているだけの自分を発見してジレンマに陥る。
 某テレビ番組のようにぼーっと生きていると、時間は無情で何も残らない。それでも心の中は日々色々な葛藤と解決を繰り返してその都度新しくなっていく。
 この半年ほどずっと鬱だった私も新しいなにかが日々生まれている実感が感じられるようになり、生命力を取り戻しつつある。先日聞いた信仰的な話では聖霊は常に新しいという。古くて、新しい。そう言うものに今の私はなっているらしい。

オンブラ・マイ・フ

 色々な意味でしんどかった冬が終わり、桜の季節も過ぎていった。身の回りも変わったことあり、変わらなかったことありと気ぜわしい。気持ちが色々なことについていけないと行動もペースが遅くなる。
 今木曜日の11時過ぎ。昼までにどれくらい書けるか、そこが問題だ。
 変わったことの一つに声楽の課題がある。
今回はたってのお願いをして、昔一度課題にした曲をもう一度選ばせてもらった。なぜかというと前回は下手すぎて、前半のレチタティーヴォと呼ばれる部分をカットせざるをえなかった。それが悔しくて今回、その部分を歌わせてもらうために課題としてもらった。もっとも今だって朗々と歌えるほど上手くもないのだが。
 曲目はオンブラ・マイ・フといい、未だかつてない(木)影という意味になる。ヘンデル作曲で古典と言ってもいい時代の作品だ。やはりクラシックはいいなと思う。
 歌詞は原文をあげても味わえないので翻訳をあげておく。
レチタティーヴォの部分が
私の愛するプラタナスの柔らかく美しい葉よ
運命はお前たちの上に輝いている
雷鳴や稲妻や嵐が
決してお前たちの平和を乱すことのなきよう
貪欲な南風も、お前たちを冒涜することのなきよう
アリアの部分が
樹木の蔭において
これほどいとおしく優しく愛らしいものはなかった
 よほど気持ちよかったんでしょうね。五月の風の中にいるとその気持ちはよくわかる。曲の美しさもさることながらその気持ちよさを歌い上げた詩の美しさもかなりのものだ。
 曲の背景を理解しないと歌いきれない作品もままある中、この作品は樹木への愛だけで歌える。だからなのだろろうか、もともとこの曲はオペラの中の一曲だが、オペラそのものよりも「ラルゴ」という名で単独で歌われることが多い。
 そんなこともあって私にはとても歌いやすい曲だ。主人公セルセの気持ちになって木陰に吹く風を思いながら歌う。嵐が木を傷めないよう、いつまでもこの愛おしい時間を守りたい願いを込めて歌う。
 主人公はセルセと言い、とある王国の君主で実在の人物だ。オペラのストーリーそのものは虚構だ。しかし、このプラタナスの木は実在しているらしい。この木への愛は本物で護衛がついていたそうだ。
 どうでもいいといえばどうでもいいのだが、王様の安らぎが気持ちのよい木陰での一時というのは日頃の政治や外交で疲れ切っていたのではないかな、などとよけいなことも考える。
 五月の風というのは爽やかで気持ちがいい。木陰にいればなおさらそう思う。オペラの舞台は今でいうペルシャなので、日本よりは暑いだろう。七月くらいの感じだろうか。
 緑は人の心を癒やす色だ。政治で疲れた心も木陰に寝転んで見上げると目に入る緑に癒やされていたのだろうな、と想像するに難くない。第一樹木は裏切らない。疲れた心に寄り添ってくれる樹木に惜しみなく愛を語る。すごくよくわかる。難しいことを考えなくても曲の世界には入れるのはうれしい。
 さて。時間は12時半になるところ。今回もなんとか書き終えることができたようだ。私にもセルセのプラタナスが欲しいなと思う今日この頃ではある。

ドナルド・キーン氏逝く

 新潟にも縁が深く、日本をこよなく愛されたドナルド・キーン氏が亡くなった。満96歳、大往生だった。
 柏崎のドナルド・キーンセンターに行ったのはもう4、5年前のことだろうか。小学校時代の友だちの家にドナルド・キーン氏がよく来ると言っていたので、名前は知っていた。何をしている人かはよく知らなかったが、小学生には友だちのお父さんのお友だちが何をしているかなんてたいした問題ではなかった。
 長じてこの方が日本文学研究者であり、名だたる作家たちと親交を持っていた。アメリカ人でありながら日本の心をよく理解していた方だと知った。
 柏崎のセンターでは氏の書斎が再現されていた。質素だが大事にされていた家具があり、英語日本語両方の本がびっしりと並んでいた。蔵書は日本でも価値の高そうな本が多数見受けられた。その範囲は文学だけではなく、文化論や歴史などまであり、広範囲に及んでいた。作品の背景を理解するのに必要な知識として集めたものと思われた。その蔵書だけでも氏と数時間氏と話せそうなほどで、いるだけで楽しい場所だった。
 その他にも生原稿やら書簡やら氏の業績と人柄のわかるものがたくさんあって楽しかった。残念ながら昔のお友だちのお父さんらしき人の形跡はなく、それほどのお付き合いではなかったのかもと思った。これほどの人なので知己も多いのだろう。ちょっとしたお知り合いなど出てこない人も沢山いるはずだ。お友だちのお父さんもたまたまその一人だったのだろう。当時自慢されて損した気分になっていた。子どもにはありがちなこととすこし笑った。
 その中で、養子となった上原酒造の息子さんは希有な存在だと思っている。これだけ知人友人に恵まれたにも関わらず、家族を持とうとしなかったキーン氏が、家族として迎え入れた誠己氏には何を感じたのだろうか。興味深い。
 それだけではない、キーン氏は日本国籍も取得し、日本人となった。東日本大震災の後だそうだ。大きな被害に寄り添おうとしたのだろうか。終の棲家として日本を選んでくれたのは光栄でもある。
 しかし、やはり母語は英語なのだなと思ったのが、センターで展示されていた生原稿やメモなどを見た時だった。すべて英語なのだ。職員に聞くと出版物については英語で書かれ、専任の翻訳家がついていたとのこと。
 翻訳したものを読み返し、ニュアンス的な部分や考え方を練り直して仕上げていたと言うことか。意外だった。これだけできる人なら日本語で書いてもいいはずだ。何故だろう。
 ここから先は推測に過ぎないが、氏は母語の違いによる感性や考え方の表現の違いに気付いていたのではないだろうか。だから自分の文章は英語で書く。日本語を母語としている人に翻訳させてニュアンス的なズレを直す。こんなことをしていたのではないかと思う。センターの職員はそのあたりについては明言しなかった。賢明なことだ。
 そんなやり方を数十年続け、ご老体で日本と米国を往復して研究や発表や著作をしていたという。素晴らしいことだ。彼の後に続く人はいるのだろうか。落ち着いたら再びキーンセンターを訪ねようかと思う。キーン氏と私の細い細い接点はそこしかない。
 幾つかの訃報と看取りの中で、自分が粉々になっているような日々に入ってきた氏の逝去の知らせだった。思い出を辿ることは見失っていた自分のかけらを見つけるようだ。
 このことをきっかけに立ち直れるわけもない。が、私の歴史の中に時々現れる氏は心からその死を悼みたい。クリスチャンであると思うので、主の平安の中で安らかにお休み下さいと書き添えて終わろうと思う。アーメン。

猫の森には帰れない

 谷山浩子というシンガーソングライターがいる。一番わかりやすいのは胃薬のCMの「風になれ」と言う曲だろうか。私たちの年代で、日本放送の深夜番組を聴いていた人にはすぐわかるのだが、かなりマイナーな歌手だ。
 先日、また別のタレントで、今かなりメジャーになった所ジョージさんのさすがにこの曲は古すぎて知らない人が多いだろうという「寿司屋」の歌詞を探していた。鼻歌で歌っていて字余りになったので、これは間違えているなと確認しに行ったわけだ。案の定、細かいところでいい加減に覚えていて、年月の長さに絶望したわけだ。
 で、ユーチューブという奴はほっておくと勝手に選曲して勝手に再生を始める。次に谷山浩子の猫の森には帰れないが流れた。谷山浩子の声は透き通って美しい。残念ながら容姿がイマイチだったので、中島みゆきほどには売れなかった。
 谷山浩子はイメージ的にはメルヘンチックな歌を歌う万年少女だ。実際、歌詞の文体は
 きのう手紙がとどきました ふるさとの猫の森から
 となんとも可愛らしい。
が聴いていると
 もう十年も帰らないので心配してます。
となり、都会に住んでいる田舎育ちの女の子を彷彿とさせる。
その次はまた
 私の好きな赤いきのこ、なつかしい朝のそよ風
 思い出したら泣きたくなった
 だけど今では仕方ないこと
なんとも当時の田舎から出て来て都会の片隅で一生懸命生きてる女の子たちを端的に歌っている。
 とはいえこれは谷山浩子の仮の姿。本当の彼女はかなりシュールだ。ウィキペディアには解説として
 作家としてはファンタジー作品を発表し続けており、ジュヴナイル的な作品が多い。メルヘン的な文体で甘やかな印象があるが、文芸評論家の石堂藍は「作品の内実を窺うと、心理学的象徴や夢への傾倒が強く見られる」と述べ、谷山が付けている夢日記の影響を指摘している。アマチュアに徹することで、余分なものを豊かに持つ谷山ならではの世界を描いている
 とある。
 実際曲の続きでは
どこにあるのか覚えてない、となる。
そして人混みの中はとても休まりますと若干無理をしている印象を与えた後で、最後の段
には入り、
 思い出すなんてしたくないの
 淋しいのはいやだから
 淋しくなったら電話をかけて
 あのひととふたり街を歩くわ
 ねこの森には帰れない
 帰る道だっておぼえてない
 ねこの森には帰れない
 なくした夢はもどらない
 しっかりと十年の間に町で生きる女性になっているのがうかがわれる。
 精神的な意味で、故郷を離れた人だけがこの歌の真の意味をわかるんじゃないかと思う。当の谷山浩子が生まれた町からそう離れていないのが不思議ではあるのだが。
 谷山浩子はメルヘン作家ではない。時にその詩は刃のように鋭い。こんな言葉選びをしてみたいと思うほどだ。天才肌の作家たちは絵画であれ、音楽であれ、いつもその鋭さで私を突く。どうにもならない表現力の差に脱帽したり憧れたり。そして私は私のままでいるしかないと開き直る。
 私の猫の森の住人たちは私が帰ることも望んでいないだろう。私はどうなんだろう

冬の楽しみ

日本人でよかったと思うことの一つに四季がある。春の鮮やかさも夏の華やかさも秋の美しさもいいのだが、冬の清らかさは少し違う意味でしみる。
 日本海側で暮らすとまず面食らうのが雪だ。もう三十年近く、人生の半分をこちらで暮らしても雪には馴れない。それでも一面の雪原は美しい。人を寄せ付けない冷たさは汚れなく見える。見えるだけかもしれないが。誰も歩いていない雪の上を歩くのは結構楽しい。どこまでもどこまでも足跡をつけて歩く。その行為だけが楽しくて雪の止んだ後、外出してみる。雪の深さが膝上ともなると歩けなくなるので、まだ雪の少ない冬の初めあたりの楽しみだ。これは子供の頃、霜柱を踏みながら歩んだ日々と同じようだ。
 生まれ育った関東の冬は夜空もいい。恒星で一番明るいシリウス、昴やオリオンも冬の星座だ。冷たい空気に光が研ぎ澄まされる。それを見上げるのは十代の頃から変わらない。雪道歩きや霜柱踏みも同じだ。私の内面はそれほど育っていないのかもしれない。
 春の風にそよぐ桜は命の輝きのようだ。夏は暑くて光に満ちている。そんな季節を惜しむような秋の紅葉の燃え上がるような紅(あか)は生きとし生けるものの叫びのようだ。それに対して冬は冬将軍に征服され、生き物は姿を潜める。雪国は白、関東は冬枯れたグレイとあたりは同じような色一色になり、静かに春を待っている。生命感のない風景の中、言うなれば仲間のいない世界でも、自然の風景は美しい。その美しさは雄大で、生かされている自分というものを時に見つける。
 冬は他の季節と比べると辛い季節だけれど、それだけに与えられている事物の発見や感謝を感じる季節だ。私も少しは成長しているだろうか

冬の空

 新潟に来てそろそろ30年近くなる。義父の急病のため急遽こちらに来ることになり、ここで人生の半分近くを歩んできた。私の新婚生活、どこに行ったの、とおどけながらもここで日々を暮らし、子育てをした。
 時折、遠い日々のことを思い出す。こんな冬模様の時は特にそうだ。幼い日々、目を覚ますと部屋は既に暖まり、とても寒い朝はストーブのそばで着替えが許された。温めた牛乳とトーストとサラダとハムやソーセージの朝食を取った。暖かい土地で育ち、後に東北に引き上げた母は寒さには敏感であったろうと思う。幼い頃はズボンは少なかったものの、しっかりと厚手のタイツとオーバーパンツでお腹を守っていた。
「女の子は体を冷やしちゃダメ」
と言うのが冬場の母の決まり台詞だった。
 小学校に上がる直前の冬、私は家で過ごした。正月頃に転居をして、数ヶ月のために新しい幼稚園に行く必要も無いと両親が判断したためだ。人生最初から中退です、と後々自虐しながら笑い話にしている。
 その数ヶ月で私はかなりお家子供になった。知っている人もいない、外は北風ピュウピュウ吹いている。あまりよく覚えていないが、曇りガラスのそばで手遊びをしていたような記憶がある。
 関東の冬はとにかく晴れて乾燥している。いつもはうっそうとして入れない林の奥や空き地には余裕で入れるし、嫌な虫もいない。お外子供には絶好のおんも遊びシーズンになる。虫虫君な子どもはそこら中に隠れている冬越し中の虫を探していたようだ。雑木林で鬼ごっこをしたり、走り回っていた冬だった。
武蔵野の冬は子供にはいい季節だ。雪国のこちらが悪いというのではない。こちらの子ども達は雪遊びをしながら育つ。それはそれで多分後年懐かしく思い起こすだろう。
 長い晴れの季節は空も青い。校舎の窓から見える富士山がきれいだ。そびえ立つ山が見える風景が好きだ。特に関東の冬で私を捉えてはなさないのは夜空だ。
 澄み切った夜空は東京のガスの下でも美しい。オリオン座もシリウスも流星群もずっと体が冷えるまで眺めていた。寒いと言うより痛い風の中で輝く星々は、永遠とか無限とか子供の認識にはない何かを伝えている。
 雪の降る様は美しい。誰も歩いていないところを歩くのはいい感じだ。それでも何年経っても冬だけは関東の冬が好きだ。風が強いのは元から好きで、痛いくらいの風も耐えられる。と言うよりその風がないと星がきらめかない。その風の中で、私は心の深呼吸をする。そのひとときが大好きで、私は関東の冬を忘れられない。

台風一過

 今年はどうも台風の当たり年らしい。これまでに四個が上陸し、八月半ばには五個の台風が連日発生した。七月にはこれまでには考えられないルートを辿ったものもあり、気候が変わったのではないかと懸念を持った。実際には気象条件がたまたま揃っただけで、異常気象というわけではないようだ。台風が発生する数が多い理由は海水温が高いせいでそれは異常気象とも言えなくはない。
 恵まれたことに新潟県は台風の直撃があまりない。主人が言うには室戸岬あたりに上陸した時だけがこちらに来る可能性があるのだそうな。実際、このたくさんの台風でも新潟県を通過したのは海上通過のみ。恵まれてるのかもしれない。
 最近思うのだが、本当に不幸な人は自分が不幸であることすら知らない。逆に幸せな人は自分が幸せであることを知らない。なぜならそれぞれ知っている以上の幸不幸を知らないからだ。
 今回西は台風による水害、北は地震で大きな被害が出た。スイッチを入れれば灯りがつく便利な生活。空調管理された快適な部屋。大切に保管していたはずの思い出の品。一瞬にしてすべてが消えてしまった。
 たくさんの人が、安心して眠れる場所があることがどれほど幸せなことか気付いたと思う。あたり前だと思っていた生活がとても幸せなものであるとなくして初めて気づく。
 数年前の水害と火事で私は被災者と呼ばれるものになった。
 水害は天災だから避けようもない。幸いにして私の家は住めなくなるほどの被害は無かった。けれども水道に濁りが出たため、給水車が来た。ものものしい自衛隊の車輌に、あ、私たちは被災者なんだと再認識した。非日常というのは本当はそのあたりに潜んでいるものらしい。あまり発見したくはない。
 色々なもめ事が解決した後の事を台風一過という。台風が行きすぎた後は気候は穏やかで、空気は澄んでいる。野の生き物たちもほっとしているようだ。同時に枝が折れたり、ものが壊れたりとたくさんの傷も見つかる。
 暑さや日照りで参っていても、それは持っているものの不運だ。なくなって初めて持つべき物がないという更なる不運に気付く。同時にこれはある、と言う発見もあり、それは幸せと気付く。
 台風と言う嵐は現実も状況的なものも甚大な被害をもたらす。けれど、それは新たな気付きを生む。モノもコトも大抵は得ることは幸運で、なくすことは不幸だと思いがちだ。そして得たものの評価でまた上下がつく。時にはマイナスの評価もある。キリがない。
 嵐の後、自分が幸せだと気付くのも不幸だと思い込むのも自分次第だ。それでも、嵐に見舞われないのが、最大の幸福かもしれない。嵐の後の穏やかさはそんな思いも招き寄せる。

夏の終わり

 夏休みは九月に取るのが良い。若い頃はそう思っていた。動きたくなくなるほど暑くもなく、旅行に出るにもトップシーズンを外れた時期の料金はまだ二十代のお財布事情にはありがたい価格になっていた。良いことずくめと言うわけだ。そんなわけで数年九月は私の旅行シーズンとなっていた。
 ある年は日本海を目指し、能登半島で卒業制作のモチーフとなる風景を探した。ついでに金沢を散策した。東尋坊や飛騨髙山をふらついた年もあった。
 能登半島を目指したのは描こうと思っていたモチーフが冬の日本海の荒波だったからだ。歩ける時期にロケハンをして場所を決め、冬の厳寒期に歩き回るという危険な行動を出来るだけ減らそうとした。
 太平洋側で育った私には当時、日本海側に一種独特な憧れがあった。それが現在に微妙に関わったかもしれないのはご縁と言うものか。 
 何度か日本海を訪ねてみて、その海の青さが気に入った。太平洋とはまた別の冷たい色だ。砂浜は粒が細かく、車が走られる砂浜もあった。海岸線を何ヶ所か見て回り、とある場所に行きついた。宿泊先に予定していた国民宿舎の近くだったと思う。時間は午後遅く。水は透き通り、誰もいない。のどかというか、時間が止まったような夏の終わりの風景を写真に収めた。
 その穏やかさは妙に私の気持ちを揺さぶった。若さも手伝って激しい方面に目が向いていた私にはその風景は清涼剤のように心にしみたやさしさだった。この風景を絵にしたい。そう思った。後日、その写真は卒業製作の一枚に仕上がった。当初の計画のザバンザバンの荒波の絵よりも、出会いの感動を忘れずに絵にしたものの方が誰が見ても良いものに仕上がったようだ。卒業制作の批評会でも連作の中で一番評価が高かった。計算された思いよりも一瞬の感性の方が共感を呼ぶと言うことか。
 出会いの感動を絵にするといいものが出来る、というのはちょっとした発見だった。絵を見る見方も変わったかもしれない。絵を見て何を感動してこの絵を描いたのか感じる、というのはポイントの一つだ。
 夏の終わりは過ごしやすい時期だ。暑さは落ち着いてきて穏やかだ。人間、暑さを乗り越えた後は少々けだるい気分になる。そんなときにひなびた風景は妙に気分とシンクロする。砂浜には夏の落ち着かないコントラストの激しさはなく、かといって秋の実りの季節感もない。そこはただ、何かが終わった静けさだけがある。静寂をテーマに書いたわけではないのだが、結果的にそう言う絵に仕上がった。絵の中には人はおらず、雲と打ち上げられた海藻と少しの植物、木に覆われた岬と白い建物がある。当時は透き通った水の美しさを描きたいように思ったはずなのだが、今見直すと違うものが見える。当時の私はそこまで考えていなかったと思うのだが、絵の中には無意識も描き込まれるらしい。
 いっておくけれども、決して上手でも価値を感じる絵でもない。ただ、思いは伝わるように描けたと思う。
 その絵は今も自宅の玄関に飾られている。穏やかな風景は生活も穏やかに彩ってくれているようだ。

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夏の初め

夏の初め

 春は曙 やうやう白く……清少納言の枕草子、言わずと知れた日本古来の随筆だ。今回はお題が「夏の初め」、ここしばらくエッセイになりそうな題材もない。ならば実験的に枕草子のようなエッセイにトライしてみようか。事実のみを書き連ねて味わいを積み上げる技、その足もとにも及ばないが、ものは試し、新たな視点が生まれると良い。
 夏の初め。透き通った雪融け水の美しさ。その水を吸い上げて花開く、五月は植物の季節だ。新緑のすがすがしさが目に染み、冬の痛みを洗い流してゆく。
 すみれやツツジ、水仙や名も知らぬ野の花から始まる花の季節はバラでクライマックスを迎える。
 つんつんととんがったつぼみが上を向いて並ぶ様はイスラムのモスクのようだ。やがて、ほろほろと花びらを開いていく。あるものは花びらが反り返り、あるものは中にいる姉妹たちを守るかのようにふんわりと開いていく。 六月は雨の季節だ。しっとりと、花の季節に盛り上がった気持ちを静かに治めていく。霧雨に濡れる新苗の田に満ちる水が静かに流れる音が耳にやさしい。蛙が鳴き、雉が羽ばたく。
 夏の初めは光り輝く季節だ。澄んだ空気、やさしい風、新緑の中の木漏れ日。その中で育つ生き物たちの命。
 これ以上書くと枕草子のような淡々と事実のみを書き連ねて味わいを出すところから外れる。これくらいにしよう。
 事実のみを書き連ねることの難しさ。人にはいつも解釈というものがついて回る。この解釈というものがやっかいで、解釈の違いが考え方の違いを生む。
 事実を受け入れるのは実はさほど難しくない。だが、事実について回る解釈を受け入れるのは時に辛い。感情に直結するからだ。
 感情は創作には必需品だ。自分の感じたままを表現する。だが、枕草子は時にそれを排除する。冒頭の「春は曙……」だが、ここが好き、というのは明記されてはいないが理解できる。しかし、そこから先に解釈やよけいな装飾がない。私だったら夜明けの美しさに「これから始まる一日への希望を映し出して……」とか書き連ねそうだ。枕草子ではその感傷的な部分は読者に委ねる。生活やちょっとしたことに見いだす事実の積み重ねの中に美があることを思い出させるという、とてもレベルの高い技を見せてもらっている。絵で言うところの余白の美だ。
 正直、今まで書いた部分を読み返してもだいぶ過剰な表現がある。削り落とす作業、これからの課題として目を向けてみよう。初夏は育ちの時期だ。私もまだまだ育つ余地があると思いたい。

広がりゆくもの

 ダン・ブラウンという作家がいる。カテゴリー的には推理小説作家となるだろうか。傾向と対策がとても趣味に合って、かなり入れあげている。中でも彼の作品で世界的大ベストセラー、映画化もされた「ダ・ヴィンチ・コード」は相当なお気に入りだ。いつだったかにもちょっと触れた事があるが、車の中はほぼ「ダ・ヴィンチ・コード」か、そのシリーズを流している。吹き替えはめったに聞かない。大抵の場合、声が役者と合わない。さらに運転中の画面を見ていられないときに吹き替えの声を聞いていては何も意味がない。意味が取れようと取れまいと元の音声を聞く。
 主役のラングドンを演じているトム・ハンクスの英語は聞きとりやすい。端正な台詞回しという印象があるのだが、そこまで英語に精通していないので、印象がある、で留める。
 映画はパリ、ルーブル美術の館長であるジャック・ソニエール殺害から始まる。何重にも掛けられた謎とトリックをラングドンとソニエールの孫娘といわれているソフィーが協力して解き明かしながら真相にたどり着く。ストーリー上の仕掛けはかなりの数なのだが、原作は更に複雑に絡み合っている。いったん入り込むと抜け出せないおもしろさだ。
 さて。原作は原作のおもしろさがあり、それは文章を読みながら頭の中でその画面を想像たくましく楽しむ。途中でいったん戻って確認したり、寝落ちして夢に見たり、時にはラストや後書きを先に読み、カンニングして安心してみたり。楽しみ方は相当に自由だ。 DVDの方は主に運転中という事もあり、細かいところをみて楽しむ。
 ソニエールの孫娘ソフィー役のオドレィ・トトゥと言う女優は、「アミリ」と言う映画で主役を演じている。正直この女優が気に入っているのでこの「ダ・ヴィンチ・コード」をよく流している訳なのだ。トトゥのチャーミングな演技がとても良い。その他の作品の相手役女優はどうもそのあたりが不足気味な気がする。
 「ダ・ヴィンチコード」は俳優陣もよくて、ジャン・レノやイアン・マッケランが出演している。登場人物で、「シラス」という白子がいるのだが、まるで石膏像のような姿で美しい。とんでもない人ではあるのだが。とんでもないという点では同じラングドンシリーズの「天使と悪魔」のユアン・マグレガーも良い。だが、彼はスターウォーズの若い頃のオビワン役の方が良い。「天使と悪魔」も悪くないのだが、完成度は「ダ・ヴィンチ・コード」の方が上だ。それも頻度の差になっている。
 最近はBGMが気になっている。バイオリンが良い雰囲気だ。それで音楽と担当者についても調べた。映画音楽といえばジョン・ウィリアムズとかレナード・バーンスタイン、リチャード・ロジャースとかオスカー・ハマースタイン位しか知らない不勉強な分野なのだが、このシリーズはハンス・ジマー(ツィマー)と言う作曲家が担当だとわかった。このジマーという人は結構すごい人で、話題作を何本も担当している。今更ながら映画ってたくさんの人の頭と手を使って作られているなと実感する。
 そうして興味が向くとコレクターの血がウズウズする。DVDはある。BGMについて調べ始めた。好きな曲の楽譜を探したのだが、輸入ものらしい。更に困った事に10年以上も前の作品となると絶版になっているようだ。だが、輸入ものでも楽譜は同じだし、洋書だからと構える必要ないと気付いた途端、古本でも何でも良いから欲しくなった。手に入るかどうかはまあ、難しいのはわかったけれども。まだ手はあると信じよう。ジマーの傑作選に入っているものがあるのだが、それが欲しいものかどうかがわからない。それで、サントラCDを買ってみた。映画と同じように傾向と対策が私好みだ。映画が気に入っているのだから、それも当然か。よけいサントラ楽譜が欲しくなった。
 CDを聞いているとこのシーンに使われていた曲だと気付くと楽しい。車の中でなく、じっくり映画とCDを付き合わせてみたい。そうしてどんどんと小説から映画へ、シリーズ制覇へ、俳優チェックへそして音楽へ、どんどんと「ダ・ヴィンチ・コード」とダン・ブラウンとラングドンシリーズの世界が広がっていく。
 人はそれをマニアという病気と呼ぶ。
 さもありなん。甘んじて受け入れるしかない。好きなんだから。





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同一指揮者による演奏交流会

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来月6日、新潟市秋葉区文化会館にて
佐藤匠先生指導のコーラス団体七つの交流演奏会があります。
それぞれ年齢層も音色もハーモニーも違う団体が同じ指揮者という共通点で演奏をします。
きっとお楽しみいただけます。
13:00開場、13:30開演入場無料
お待ちいたしております。

天使の一枚

天使の一枚
里芋

お台所で水栽培しているサトイモが、露を付けていました。
あまりに愛らしいので写真を撮った中で一番いいのをUP。
命って素敵です。

エッセイ新作

本宅の方に新作エッセイをあげました。

春の味わいについての小文です。原稿用紙6枚分です。良かったら読んでください。

本宅ブログはこちら

お寺でコンサート

お寺でコンサート




来月、新潟県燕市のお寺でコンサートあります。
詳細はこちら。

日時:平成27年5月10日(日) 午後2時から4時
場所:燕市大曲 福勝寺本堂にて
料金:1000円 (小中学生無料)

出演者:吉田 敦(バリトン、東京二期会) 三条吉田塾
     ピアノ伴奏 兼古 千恵

曲目:親子で楽しめます
混声アンサンブル 「河童譚」(カッパのいたずら)
大きな古時計 男声四重唱「筑波山麓男声合唱団」
オペラ「椿姫」より 「プロバンスの海と陸」
ひとりオペラ 宮沢賢治作 「セロ弾きのゴーシュ」   他
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ごめんなさいっ

色々書きたいことはあるんですが、



新幹事さん頑張ってね会のこととか、




正月マラソンで幹事のG先生走ってたよとか、




ええ、とっても書きたいことはあるんです。




今ちょっと取り込んでまして。



でもこれだけは書かなくちゃ。



(仮称)東公民館 オープニング

あじさいコーラス 出演します。

4月18日 午後2時から。




曲目その他、もう少ししたらお知らせしますね。

みぃつけたっ

今年の市民音楽祭で指揮をして下さったN氏のブログを発見。

ここのアドレス貼ってきました。

とってもあじさいコーラスのことを大事に思っていて下さってうれしい。



DVD製作開始。
改めて聞くとやっぱりきれい。

この美しさを最大限に出せるように頑張ります。


                tae

できた(^_^)v

ほほ。老熟の域に達したようで。

うるさい検定はネスレのサイトへGO。
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